culture

霧語り(キリガタリ)

霧の海に長くとどまり戻ってきた者たちの、正気の境界にある言葉

戻ってきた者たち

霧の海に長時間とどまって帰還したシモベや商人の一部は、以前とは違う話し方をするようになる。彼らは「霧語り」と呼ばれ、両陣営からは半ば畏れられ、半ば厄介者として扱われる。天蓋の宿では霧語りへの宿泊を断る店も多く、根の国では逆に「深部の知恵を持つ者」として一定の敬意を払われることがある——この扱いの差自体が、両陣営の霧の海に対する態度の違いを映している。

聞こえてくるものについて

霧語りたちの証言には共通点がある——「気流ではない何かが動いている」「声には名前がない」。大落下研究院はこれらの証言を精神的な変調として片付けたがるが、複数の霧語りが独立に同じ言葉を語った記録があり、単純な偶然としては扱いきれずにいる。証言の多くは、霧の中で「呼ばれた」という感覚から始まり、自分の名を思い出せなくなる瞬間を経て、帰還後に新しい話し方を獲得するという同じ順序をたどる。

ある霧語りの記録

大落下研究院に残る最古の記録は、霧の商会の密輸業者だった者の証言だ。彼は三日間霧の海で行方不明になり、戻ってきたときには自分の名前を三度言い直さなければ発話できなくなっていた。「向こうでは、名前は借り物だと教わった」と彼は語ったという。この証言以降、研究院は霧語りの発話パターンを記録する専門班を設けたが、共通する法則を見出すには至っていない。

霧の商会との奇妙な関係

霧の商会は霧語りを組織的に保護し、彼らの証言を記録している。商会の内環がなぜそこまで霧語りに関心を持つのかは分かっていないが、大落下の記念日にあたる「静寂の夜」に霧の商会が活動を止める慣習は、霧語りの誰かが定めたものだという噂もある。霧語りを迫害せず囲い込むという商会の姿勢は、利益優先とされる組織の評判とは奇妙に噛み合っていない。

言葉そのものの変化

霧語りの発話を分析した数少ない記録によれば、彼らは主語を頻繁に省略し、時間を表す言葉——「昨日」「来年」といった区切り——をほとんど使わなくなる。大落下研究院の言語学者はこれを「霧の中に時間の感覚がないためではないか」と推測しているが、本人たちに尋ねても要領を得た答えは返ってこない。ある霧語りは「時間は向こうでは違う形をしている、としか言えない」と語った。

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