菌糸の掟
根の国の菌糸ネットワークが持つ情報伝達と利用の制約体系
根の国の社会基盤をなす菌糸ネットワークは、単なる生物的現象ではなく、ネノクニ社会が長年かけて整備してきた「掟」によって運用されている。
菌糸は接触した生物の記憶断片を吸収・記録する性質を持つため、ネットワークに接続することは自らの経験を一部提供することを意味する。この非常に強力な情報共有システムを悪用から守るために「菌糸の掟」が生まれた。その核心は三原則だ。
第一に、接続できるのは成人した根の国の民のみ。第二に、他者の記憶を無断で検索することは禁止であり、これは根の国最重の罪として扱われる。第三に、死者の記憶は3年の冷却期間後にのみアクセス可能で、遺族の同意が必要だ。
天蓋議会はこのネットワークをスパイ活動に利用しようとしたことがある。接続した工作員が掟違反として「切断」された事例が外交問題になったことがあるが、天蓋議会は公式には工作員の存在を否定した。「切断」とは何を意味するのか——その具体的な処置の内容は、根の国連合が明らかにしていない最大の秘密のひとつだ。
菌糸の掟が実際に機能するのは、掟を破った者の「記憶の痕跡」が大地の記憶に残るためだ。他者の記憶を無断で検索した者は、その行為の記録を菌糸ネットワーク全体に残してしまう。これが菌糸の掟の自己執行メカニズムだ——法律で処罰される前に、すでに証拠が全市民に共有されてしまう。
掟には例外条項がある。「緊急開示」と呼ばれる制度で、七都市の長老全員が合意した場合に限り、特定個人の記憶を強制的に開示できる。この制度が使われた記録は過去に3回あり、いずれも根の国全体の存亡に関わる危機の時だった。現在進行中の大落下の予兆を受けて、4回目の緊急開示が検討されているという噂がある。開示の対象が誰なのかは、根の国連合の最も扱いにくい政治問題のひとつだ。
菌糸の掟の最大の皮肉は、掟そのものが大地の記憶に刻まれ、全ての接続者に伝わっていることだ。掟を知らないことは言い訳にならない——接地した瞬間に誰もが掟の存在を感じ取るからだ。これは最も強力な法体系であり、同時に最も逃れようのない拘束でもある。
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